PROFILE

奥村和之

ステンドグラス作家・奥村和之は大阪を拠点に活動しています。

ステンドグラスの技法に合わせて、フュージング、ガラスモザイクなどを組み合わせることにより、独特な暖かみのある作品を作っています。

近年では各地で個展を開催するなど精力的に活動を行っています。


奥村和之

1987年8月1日大阪で生まれる。2003年都立南大沢学園養護学校高等部に入学。

2006年 ステンドグラスアートスクールプロ養成所に入所し、ステンドグラス古典技法を学ぶ。

2009年焼き絵付けガラス美術研究所(TAO Art Glass)に入所し独自のデザインをステンドグラスで表現すべく研鑽を積む。

2014年8月に大阪府茨木市に転居し、自宅にアトリエを構え、積極的な創作活動に入る。同年9月より京都山科のガラス工芸家・北島哲氏(京都工芸美術作家協会会員)に師事、また不定期に大阪で和田友良氏(ステンドグラス工房戸夢窓屋)の指導を仰ぐ。

これまで「さくら作品展」(2004年、2007年、2010年)、「One Rose作品展」(2010年、2011年、2012年)、「TAO Art Glass作品展」(2010年、2011年、2012年)、「月と太陽とオーロラ展」(2012年) などに出展。また2017年11月東京神保町ブックカフェで画家である姉 舞子と二人展「海と森のアート展」を開催。


奥村君とのことガラス工芸家 北島 哲

ちょうど3年前、奥村君は大阪の茨木に引っ越して来ました。いや、引っ越して来たというより実家のあるところに帰って来たといったほうが良いのかもしれません。  それから、和之君はわたしのところへ通って来たのです。週に二日、水曜と土曜に来ます。朝から夕方まで一日を過ごします。もう、学校のようです。

わたしはどのように彼と接し、指導していけば良いのかはっきりしたこともわからずの第一歩でした。ですから、彼も何がこれから始まるのか不安だったことでしょう。当然、ステンドグラスを習いに来る、東京ではすでにステンドグラスの指導を受けていたので、ガラスカット、製図など技術的には心配ありませんでした。特に古典技法である絵付けの基本的な技術は十分身に付けていました。

わたしの方法は参考になるお手本がないので、「好きなものをすればいい」「自由にすればいい」で、彼は大海原に放り出されたようでした。自由ほど何をしていいかわからなくなるので、普段の生活の中から何かテーマを見つけてくれないかと、彼の身の回りに浮輪を投げ始めたのです。それを手にとってくれれば何か動き始めるのではないかと思いました。

「日曜はどこか行った?」「あべのハルカスの美術館に行って来ました」「あ、それから、動物園にも行きました」「ひとりで?」「はい!」 あまり、多くを語らないのですが、そのときは、早口で短い言葉ではっきりと言ってくれます。そんな、何でもない会話からそのときの町のイメージや動物の様子を聞き、簡単なイメージ図を描いてもらったり、二人での弾まない会話からの始まりです。

彼の記憶はしっかりしていて、行った先の風景などを描き始めました。高等部の修学旅行での北海道の牧場、家族で行った下関の町並み、新幹線から見た富士山などに自分のイメージを重ねていきました。

つぎに、始めたのは空想の世界です。想像の世界へです。

そこからは、宇宙に向かいました。おおきく火を噴くロケットには和之君が乗っているのです。宇宙旅行では目を瞑りおおきく手を開いた姿は彼そのものです。もう、大海原ははるか下に見えています。これからも、彼はいろいろな想像の世界を飛び回ることでしょう。そして、私たちは和之ワールドからの招待状を、おおいに待ち望むところです。


奥村和之とステンドグラスステンドグラス工房「戸夢窓屋」主宰 和田友良

奥村和之の作品は知的障がいをもっている人特有のユニークな感性に満ちあふれている。傍らで作品づくりを見ていると、彼は写真や資料を参考にしながらとか、入念に下書きをしておいてということではなく、脳のどこかに焼き付けておいた映像を、自身のフィルターを通して、ストレートに素直に表現していく。気に入った芝居のワンシーン、車窓から眺める風景などを一瞬のうちに切り取って、それを頭の片隅にストックし温めているのだろう。そして、しかるべきタイミングがきたときに一気に開花させるというわけだ。

作品の多くはどことなくユーモラスであたたかい。もちろん人間だからブラックな一面もあって、それがひょいと顔を出しているところがあるかもしれない。でも、月並みな言葉ではあるけれど、どれもがピュアで、光をうけて、まっすぐな作品である。興が乗ればぶつぶつとひとり言を言い、さらにもっと興が乗れば歌いながら楽しそうに作品作りに没頭する。本人が楽しいのだから、仕上がった作品を見る人も自ずと楽しくなるのである。

彼はいわゆる自己中心の破滅型天才アーティストではない。たとえば、食べることが大好きでほんとうにおいしそうに美しく食べる。でも自分だけがよければではなく、まわりが自分と同じように楽しんでいるかを察知、心配りができるやさしい性格の持ち主だ。 やさしいから誰からも愛される。愛されるから、その作品にも慈愛が満ちてくるのだろう。

「日曜はどこか行った?」「あべのハルカスの美術館に行って来ました」「あ、それから、動物園にも行きました」「ひとりで?」「はい!」 あまり、多くを語らないのですが、そのときは、早口で短い言葉ではっきりと言ってくれます。そんな、何でもない会話からそのときの町のイメージや動物の様子を聞き、簡単なイメージ図を描いてもらったり、二人での弾まない会話からの始まりです。

さて、彼の作品を「障がい者アート」という括りでとらえると、本質を見誤るかもしれない。ステンドグラスといっても、一般には、観光などでの体験で色ガラスを使ったアクセサリー作りやその延長にあるランプをイメージするか、あるいはヨーロッパなどの教会の窓をイメージするかぐらいだろう。しかしステンドグラスというものはとても奥が深く、素材や手法はひとつではない。

たとえば一般に絵画は絵の具を塗り重ねて表現していく足し算であるのに対し、ステンドグラスはガラスに塗った顔料を減らしていく引き算の手法が使われる。ほかにも「絵付け」「モザイク」「フュージング」といった技法もあるのだが、これらを単独あるいは組み合わせて駆使している若手アーティストは彼以外にはほとんど見当たらない。

そういう意味では「奥村和之は正統派のステンドグラス作家」でもあるのだ。 もちろん、いろいろな技法を使ったいろいろな作品があるので、目移りしてしまうのが玉に瑕かもしれないが、彼が本格的な創作活動に入ってからじつはまだ3年あまり、これからも、いろいろな蕾が開花していく大きな可能性を秘めている。

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